大人になると感想が変わる小説漫画アニメ★33 

167 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 03:57:39 ID:ThbKRjBK0
小4の息子が、授業の一環で宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を暗唱していた。

子供のころは、辛気臭い田舎くさい詩だと鼻にもかけなかったが、
大人になり、改めて全文読んでみるとしみじみとすごい詩だと思った。
子どもの暗唱聞いてて「ミンナニデクノボートヨバレ」の辺りで涙がw


174 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 11:17:58 ID:SZt0PQvZO
アメニモマケズは、石川啄木に対するものと同様に感想が変化した。

当時の東北で一日二合の玄米を食べる生活を謙虚だと思っちゃう
宮沢賢治はやっぱりボンボンだよ。

周りから生暖かい目で見守られてたのがわかる。


175 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 12:01:11 ID:qEmxlKCE0
>当時の東北で一日二合の玄米を食べる生活

言われてみればそうだね。当時は不作になれば娘が身売りしなきゃ
いけないほどで、米を食べられるのは正月や祭りの日だけで普段は雑穀や
小麦を食べてたわけだし。宗教のために上京できちゃうんだもんね。

戦前生まれの作家ってなんだかんだ言って金持ちのボンが多いね。
永井龍男なんかは職人の子で苦労したし、吉川英治や長谷川伸みたいな例もなくはないが。


177 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 13:07:41 ID:u6h7GbSE0
石川啄木だったか宮沢賢治は、
蕎麦屋で蕎麦とサイダーを頼むのが好きだったとか。
ちなみに当時のサイダーは、高級品で、かなり高いメニューだった。
それを知ってから、清貧なんて嘘っぱちくさく思えてしまう。


178 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 13:23:30 ID:9d0g87Hm0
宮沢賢治は子供の頃から仏教に深く帰依してたから、
自分の家が周りより裕福なことにずっと罪悪感を感じてたらしいね。

農業やってたのも別に食べていくためではなく、
現代の文化人とかが中年過ぎて自然派に転向して
田舎に畑買って野菜作ってNHKに出てるのと同じような感覚だったっぽい。

それですごくいい詩が書けちゃうのが才能ってやつなんたろうけど。
まあ本当に食べるのに必死だったら、詩なんて書いてる暇ないわな。


179 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 13:24:31 ID:RYl0bFW60
そうだね、余裕があるから思索に費やせる。


180 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 13:52:49 ID:SZt0PQvZO
宮沢賢治は小作農も豊かに暮らせるように協同組合みたいなものを立ち上げたんだよね。
協同出資して、儲けも皆に還元するのを理想とした。

ただ、そこでレコードを共有とかいう方向に
走っちゃったのが、生暖かい目で見られる原因なんだと思う。


181 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 21:02:32 ID:l1xpCrWd0
玄米は1日4合じゃなかったっけ。


182 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 21:28:34 ID:qmk4d2Xv0
4合だよね。
あの当時の農作業を成人男性がこなすには1日5合くらいは必要だったらしい。
おかずも僅かだし。という話を最近よそのスレで読んだばかりだw
ただ飢饉がデフォの当時の東北地方で…と考えたら4合は多いんかな。


183 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/12/30(木) 21:42:00 ID:qEmxlKCE0
そろそろ薀蓄スレに移動する? 

農文協という団体で「日本の食生活全集」という都道府県別の食事の
聞き書き本が出ていて、昭和初期ごろの食生活が紹介されてます。

夫の親戚が岩手なので、岩手のをちょっと読んだことあるけど
米はたまにしか食べられないようなことが書いてあった気がする。

自分の出身県のを読むと面白いよ。
私は神奈川のを読んで、その次に東京のを読んだけど感想が
「東京の人は白米食べて贅沢だったのね~」だった。

宮沢賢治、小学生の頃伝記読んだけど今は「日蓮宗はアツいのう」だな。


  
読めば読むほどおもしろい宮沢賢治  

 
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